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長崎簡易裁判所 昭和37年(サ)990号 判決 1963年5月09日

債権者 井手勝美 外八名

債務者 辻山栄次 外一名

主文

当事者間の当庁昭和三七年(ト)第三五号仮処分申請事件について、当裁判所が昭和三七年五月四日なした仮処分決定はこれを取消す。

債権者等の本件仮処分申請を却下する。

訴訟費用は債権者等の負担とする。

この判決は第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

債権者等訴訟代理人は「主文第一項掲記の仮処分決定はこれを認可する。訴訟費用は債務者両名の負担とする。」旨の判決を求め、その理由として、

一、債権者等はそれぞれ別紙物件目録第二<省略>記載の水田を所有し、かつ耕作しているのであるが、債務者両名の先代辻山庄市は別紙物件目録第一<省略>記載の土地を大正六年以降所有し、ついでこれを債務者両名において昭和三〇年一二月一八日相続承継し、今日に至つているものであるところ、債務者両名所有の右土地には湧水地があり、その湧水が唯一の水源として、別紙図面朱線のとおり、右土地の用水路及び長崎県西彼杵郡西海村木場郷字上五三郎一、七八六番と同所一、七八九番及び同所一、七八八番地の間の西海村有の用水路を流れ、同所一、七八九番地の西海村有の溜池(通称上五三郎池)に流入、貯水し、右上五三郎池の貯水がその下方に位する債権者等それぞれ所有の前記水田及びその他二町八反位の水田に灌漑用水として使用されているのである。

二、ところで、本件湧水地及び用水路等は旧幕時代より設置され、別紙物件目録第二記載の水田所有者によつて補修、管理がなされ、債権者等の前所有者はもとより債権者等も右湧水地及び用水路等の流水をもつぱら右所有水田の灌漑用水として使用してきたものであつて、債権者等はそれぞれ債務者両名所有の湧水地及び用水路について用水地役権を、もしくは右流水について慣習法上認められた流水使用権を有するのである。すなわち、

(一)  債権者等はそれぞれ要役地を別紙目録第二記載の水田とし、承役地を債務者両名所有の別紙目録第一記載の土地のうち本件湧水地及び同所から西海村有の用水路までの用水路部分として、灌漑用水の引水を目的とする用水地役権を有するのであつて、右地役権は、本件湧水地及び用水路の形態や長期にわたり平穏公然に利用されていた事実に鑑み、昔時設定されたものと推定すべきであり、仮りにしからずとしても、債権者等はおそくとも昭和一六年一月一日以降本件湧水地及び用水路を平穏かつ公然に灌漑用水のため引水してきたのであつて、現状の示すとおりそれは継続かつ表現のものであるから、昭和一六年一月一日を起算日として満二〇年の経過により用水地役権を時効取得したものである。

(二)  債権者等はそれぞれ長期にわたり本件湧水地及び用水路等の流水をその所有水田の灌漑用水として慣行的に引水使用し、何人も異議を述べることなく侵すことのできない権利として一般に承認せられたものであつて、慣習法に基く流水使用権を有するものである。そして、債権者等が有する右流水使用権は流水の源泉にも及ぶものと解すべきであつて、本件湧水地の湧水はもちろん同地附近の湧水前の地下水をも含むものである。けだし、高地に降つた雨水が地中に侵潤し、水脈を形成して湧水地に至り、湧水するものであるから、この湧出前の水脈を工作することによつて湧水場所を変更することも可能であり、仮りに湧水以後の水のみが権利の対象だとすれば右の工作等によつて簡単に流水使用権が侵害され、有名無実に帰するからである。

三、しかるに債務者両名はその居住する丹納部落の住民と共に本件湧水地の湧水を水道に使用する計画をたて、その旨債権者等に申入れ、債権者等の拒否するところとなるや、強引に水道施設をなし、右湧水地の湧水を奪い前記上五三郎池えの流入貯水を僅少ならしめたので、債権者等は昭和三七年五月初頃右上五三郎池えの流入貯水の確実を期するため本件湧水地附近の用水路の清掃、補修の作業をなした結果、本件湧水地の湧水は本件用水路を伝つて右上五三郎池に流入するようになつたのであるが、債務者両名はさらに右湧水地の湧水及びその流水を阻止する手段に出る虞れがあり、かくては債権者等の死活問題となるのである。すなわち、目下早期作の播種を終えて稲苗が約四糎に伸びており、近くその植付の時期であり、かつ、普通作の播種も同年五月一五日頃であるので、灌漑用水を断たれると直ちに水不足となり、播種した分は枯死することが必至であり、その植付が不能となり、また将来の播種も不能となる実状であるからである。そこで債権者等は債務者両名の急迫な妨害行為により右のような著しい損害を蒙る虞れがあるので、仮の地位を定めるため、本件仮処分の申請に及んだところ、当裁判所は昭和三七年五月四日「一、別紙物件目録第一記載の土地の湧水地(別紙図面朱塗の部分)につき債務者等の占有を解きこれを債権者等の委任する執行吏の保管に移す。二、債務者等は前項土地の湧水並同地から同字一、七八九番に至る水路(同字一、七八六番と同字一、七八七番及一、七八六番との間の水路)の流水(別紙図面朱塗部分)を妨害する一切の行為をしてはならない。三、執行吏は前項を条件に債務者等に対し第一項の土地の使用を許すことができる。四、債権者等の委任する執行吏は以上の趣旨の実効を期するため現場に適当な公示方法をとらなければならない。」旨の仮処分決定をなしたが、右仮処分決定はもとより正当であるから、その認可を求める。

と述べ、債務者両名の主張に対し、

一、債務者両名は本件仮処分申請には保全の必要性がない旨縷々主張するのであるが、債務者両名の右主張事実はすべて争う。すなわち、

(一)  本件湧水地の湧水は従前同地から下流に位する田の灌漑用水として専ら使用されてきたもので、その余水がないのみならず、毎年水不足により或程度の干害をうける実情であつて、他に流用する余裕もないし、利用されてもいなかつた。本件湧水地の湧水は河川の流水とは違いその湧水量はさして多くはない。この湧水地の四季の湧水を西海村有の溜池(通称上五三郎池)に貯えて、これを必要に応じて流出し、その附近の水田を潤すのが毎年の実情である。債務者両名は一日の貯水量三〇〇トン平均と主張するが、甚しい誇張である。四季を通じ大切に貯水した右溜池の水量をもつてしても、毎年欠乏し耕作不能の水田があるのであつて、ある時期に水を必要としないからといつて、これを水道に使用し溜池の貯水を減少せしめるときは、必要時に際し水不足が生じ甚大な干害を蒙る結果となるから、ある時点の水量または水の必要度により結論を導くべきではなく、年間を通じて仮処分の必要性を結論すべきである。また、本件湧水地の湧水を債務者両名を含む丹納部落民が設置した水道施設に流用するときは債権者等の灌漑用水を欠乏せしめること明らかであつて、債務者両名は数字を以て影響がない旨主張するのであるが、現実に毎年干害田が多く存する実情に加え、水道施設に流用する水量が一日二五トンとすれば年間九、〇〇〇余トンが減水する計算となり、さらに多くの干害田が発生する結果となるから、その悪影響は甚大である。なるほど本件湧水地のほか他にも上五三郎池に流入する湧出地は存在するが、直接右上五三郎池に流入するものは本件湧水地のみであり、他はすべて他の耕作田を経て流入する余水であつて、その量も極少であるところから、この分も含めて毎年干害田が発生する実情である。

(二)  債務者両名は、債務者両名を含む丹納部落民の飲料水の供給が断たれ、生活上重大な危機に直面している旨主張するが、丹納部落には大部分の家庭に良質な水を有する井戸が存在し、これを使用しているのであつて、井戸を所有しない家庭でもせいぜい六〇メートル位の近隣者の井戸水を汲取つて使用している実情である。また、債務者両名は飲料水が欠乏し、不潔な水を使用したり、遠距離の汲水をしているとも主張するのであるが、飲料水に原因する病気の発生もなく、健康体の者が殆んどである事実に徴し、債務者両名の主張事実が事実に相違すること明らかである。

(三)  債務者両名は本件仮処分によつて丹納簡易水道組合の水道が断水したと主張するのであるが、債権者等が昭和三七年五月初め本件湧水地附近の用水路を清掃し、補修工事をしたのは、本件仮処分とは関係なく例年にならい実施したものであつて、その結果用水路等の水位が低下し丹納簡易水道組合の水道用の水槽タンクに湧水が流入しなくなつたにすぎないのであり、右の用水路の清掃、補修工事等はむしろ債権者等の用水地役権もしくは流水使用権確保のためなされたものである。従つて、その結果反射的に債務者両名を含む丹納簡易水道組合員の水道の利用を妨げたことになつたとしても、もともと債務者両名を含む右水道組合員において本件湧水地の湧水を飲料水として利用したこと自体が既に債権者等の権利を侵害したものであるから、債務者両名を含む水道組合員の行為を非難すべきである。

かえつて、債務者等は昭和三七年一一月二五日もしくはそれ以前において本件仮処分決定に違反してビニール管を設置して湧水地の湧水を水道用水槽タンクに導入する工作をしたが、右は本件湧水地が執行吏の管理下にあることを知りながら敢て行つたものであるから、本件仮処分の必要性はおのずから明らかである。

二、債務者両名は本件仮処分決定それ自体違法であつて取消されるべきである旨主張するが、その主張するところはすべて争う。ことに債務者両名は、本件仮処分決定が長崎地方裁判所昭和三七年(ヨ)第四〇号仮処分申請事件について同裁判所が昭和三七年三月二八日なした仮処分決定とその内容を競合し相互に相容れないので許されないと主張するのであるが、本件仮処分決定は長崎地方裁判所の右仮処分決定の効力を廃止変更するものでないから、債務者両名の右主張は理由がない。

三、債務者両名の特別事情に関する主張は争う。

と述べた。<疎明省略>

債務者両名訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁ならびに主張として、

一、債権者等の主張事実中、債務者両名の先代辻山庄市が別紙物件目録第一記載の土地を大正六年以降所有し、ついでこれを債務者両名が昭和三〇年一二月一八日相続承継したこと、当裁判所が債権者等主張の日にその主張のような仮処分決定をなしたことを認めるが、債権者等が別紙物件目録第二記載の水田を所有し、かつ耕作していることは不知、その余の事実はすべて否認する。

二、本件仮処分申請には債権者等主張のような被保全権利は存しない。すなわち、

(一)  本件湧水地の湧水は地下水の集つたもので自然発生的なものであるが、右湧水地の湧水は債務者両名所有の長崎県西彼杵郡西海村木場郷字上五三郎一七八七番、同一七八八番及び同字中五三郎一七七九番、一七六七番の二、一七八二番の一にある五筆一〇枚の水田に灌漑用水として使用され、債務者等の先祖によつて余水悪水の排水路として設置された水路を経て西海村有の溜池(通称上五三郎池)に流入しているのであつて、右上五三郎池は元来窪地であつたが悪水余水が潤沢であることとその地形的関係で停滞水が充分流下しないため自然の沼沢となつていたものをその昔大村藩が治水の一方便と下流の灌漑に資するため造成したもので、もとより、債権者等はその先祖以来一指だにこれらに触れたことはない。債権者等がその所有水田の灌漑用水として右溜池(上五三郎池)の水を使用していても、右は債務者両名の所有水田の余水悪水を単に事実上利用するという間接の関係であつて、直接には右溜池の水の利用であり、前記湧水地、流水路の利用ではなく、余水利用者と余水供給者との間の恩恵的給付の関係であるから、右のような余水利用の関係は対等の権利義務の関係ではなく、従つて、債権者等がその主張するような用水地役権を取得するいわれがない。

(二)  債権者等に流水使用権があるとしても、それは西海村有の溜池(通称上五三郎池)に貯えられた水及びその下流の水を対象としたものであつて、債権者等主張のように右溜池に流入する上位水源のすべてに及ぶものではない。債務者両名所有の長崎県西彼杵郡西海村木場郷字上五三郎一七八六番、一七八七番、一七八八番等の水田内に存在する湧水地は一〇ケ所以上を数え、かつ、豊富な地下浸潤水が加わつて右溜池に流入するのが実情である。債権者等は単なる余水利用者でありながら、あたかも本件湧水地、流水路の流水について債権者等九名が専用権、すなわちすべての利用者に優越する支配権を有するものの如く主張するのであるが、かかる権利関係は存在しない。従つて、仮りに債権者等に流水使用権があると仮定しても、それは債権者等の必要水量に対する具体的用益権の範囲内にとどまるべきであつて、絶体的排他的に本件湧水地及び用水路の流水を支配しうる権能を持つものではない。このことは水のもつ公用的性格を考えてみれば当然のことである。

三、本件仮処分申請には保全の必要性が存しない。

(一)  債務者両名は西海村丹納部落住民と共に丹納簡易水道組合を結成し、金一、〇五五、八〇〇円の工費を投じて飲料水供給施設を築き、本件湧水地から湧水を引水して昭和三七年三月一日から水道水の飲用を始めたのであるが、右水道施設により債権者等の水田灌漑用水に及ぼす悪影響は殆んど皆無である。本件湧水地の存する山林内には本件湧水地のほか湧水個所は一〇ケ所に及び、債権者等の水田えの流水源である西海村有の溜池(上五三郎池)の貯水量は現在一日平均三〇〇トンに達し、債務者等水道組合員の水道に使用される水量は最大限一日二五トンであつて、五月から一〇月までは全湧水量の一割に及ばない水量であり、債権者等主張のように「本件流水が溜池の唯一の水源である」とか「播種した分が枯死すること必至である」等といつたことは全く虚構捏造の事実である。かえつて、債務者両名を含む五四戸二九九名の西海村丹納部落住民は本件仮処分により莫大な費用を投じてなされた水道事業が一挙にして踏みにじられる結果となり、再び飲料水として非衛生極まる水田灌漑用水等の使用を余儀なくされ、遂に蛔虫、伝染病の脅威に曝される全く野蛮未開地の住民と化す次第である。

(二)  債権者等は、債務者両名の前記上五三郎溜池の貯水量が一日平均三〇〇トンである旨の主張に対し、誇張虚偽であるというが、昭和三七年三月二四日すなわち比較的水量の乏しい時期における測定ですら右溜池から通称中五三郎池の水田灌漑用水路えの流水量は一秒間三リツトル一昼夜二六〇トンと計測しえたことからも、債務者両名の主張の正しきが明らかである。また、債権者等は西海村有の溜池(通称上五三郎池)の満水、溢水の事実を否定するが、右溜池は水量の多い夏期においてはもちろん、冬期においても水田灌漑用水の必要がないので、満水の上溢水し常時これが下流に放流されているのが実情である。債権者等は干害の被害の増大を云為するけれども、干害は一種の天候異変の結果であり、その被害はひとり西海村、西彼杵郡、さらには長崎県下一円にとどまらず、全九州に及ぶものであつて、ひとり債権者等所有水田だけの問題ではない。

(三)  債権者等は債務者両名が強引に水道施設を実施したと主張するが債務者等を含む丹納簡易水道組合員は本件水道施設を計画、実施するに際し、債権者等と折衝し、西海村長松原丈作、同助役農業委員会議長麻生啓三、農業協同組合長辻川熊一等に仲裁を依頼し、尽すべきあらゆる手段方法を構じたが、債権者等がいかなる条件にも承服しないとの理不尽な言動に万策尽きて本件水道施設工事に着手したのであつて、債権者等主張のように強引に実施したものではない。債権者等は、また、西海村有の溜池(通称上五三郎池)えの流水貯水の確実を期するためその用水路を清掃、補修したところ、債務者両名がさらに妨害する虞れがあると主張するのであるが、債権者等は昭和三七年三月二八日長崎地方裁判所の仮処分決定によりその申請は却下されたに拘らず、本件用水路中湧水地附近を深さ二五ないし三〇糎、幅三〇ないし四〇糎、長さ二〇ないし三〇米にわたり堀下げ、丹納簡易水道組合の水道施設えの流水を完全に阻止妨害しながら、これは流水路の清掃、補修であり、水道施設に対する加工でなく、本件仮処分の結果によるものでもないと主張するのであつて、右債権者等の主張は遁辞でなければ詭弁である。すなわち、右堀り下げ行為は湧水地所有者たる債務者両名に対し一片の挨拶もなく松丸太六本で土壁の崩れを防がねばならぬ程深く堀つたため、これにより水道組合の水槽タンクえの流入が完全に阻止されたのであつて、しかも昭和三七年五月四日本件仮処分決定、同日執行吏による執行、同月六日朝七時の水道断水の事実からみて、右堀り下げ行為は明らかに本件仮処分に因由するものである。

四、本件仮処分決定は次の理由によつても違法であつて取消されるべきである。すなわち、

(一)  本件仮処分決定の主文第一項には「別紙物件目録第一記載の土地の湧水地」と謂い、その第二項はこれをうけて「前項土地の湧水並に同地から」と謂い、いずれも本件仮処分の目的物は「西彼杵郡西海村木場郷字上五三郎一七八四番一山林一畝二五歩(別紙物件目録第一)」となつているが、右土地内には湧水地は一ケ所もない。このように仮処分決定の基礎となるべき主な部分が事実と全く相違しており、従つて執行処分もなし得ざるもの、すなわち、目的物の存在しない仮処分決定は許されない。

(二)  本件仮処分決定は本案勝訴判決の執行せられたと同様の結果を得しめ、本質的に保全手続の目的範囲を逸脱し、特段の事情の場合を除き許されるべきでない。

(三)  本件仮処分決定により債務者両名所有の長崎県西彼杵郡西海村木場郷字上五三郎一七八七番の水田に対する灌漑用水は全く停止され、そのため債務者両名の右所有水田に対する耕作が不能となつたが、かかる仮処分の許されないことはいうまでもない。

(四)  債権者等は本件仮処分と全く同一の趣旨を目的として債務者両名を相手方として不動産処分禁止等の仮処分を長崎地方裁判所に申請し、同庁昭和三七年(ヨ)第四〇号仮処分申請事件として係属したところ、右裁判所は昭和三七年三月二八日本件山林に対する処分禁止の仮処分については債権者等の申請を容れ、湧水流水等の妨害禁止についてはその申請を却下したが、本件仮処分決定は長崎地方裁判所の右仮処分決定とはその内容を競合し、相互に相容れないものであるから、法律上許容せられない仮処分である。

五、本件仮処分決定は取消されるべき特別事実が存在する。すなわち、本件仮処分決定により債務者両名を含む丹納簡易水道組合の構成員五四戸二九九名に対する飲料水の供給不能に陥入れ、異常な損害を蒙りつつある。そして、仮りに本件仮処分決定が取消されることにより債権者等に損害あると仮定しても、本件仮処分決定前右水道組合が飲料水に使用していた水は日に二五トンの水量であるから、これが水量を債権者等が灌漑用水として使用できないことによる影響により一応金二〇、四二八円に相当する損害が生ずることとなるが、本件上五三郎池下流の灌漑水路約九五米間の水路上において約三分の二の漏水があるので、実損害は右金額の三分の一に相当する金六、八〇〇円となり、右は金銭により十分補償できるものである。

と述べた。<疎明省略>

理由

一、まず債権者等における被保全権利の存否について判断する。

(一)  成立に争のない甲第一号証の一ないし一二、甲第三号証、甲第四号証、甲第一一号証、甲第一四号証、甲第一六号証、乙第四三号証に証人佐嘉田甚左衛門、同川原虎二、同野崎正俊、同山脇キヤの各証言及び債権者井手勝美(第一、第二、第三回)、同村川留作(第二回)、債務者辻山栄次の各供述を綜合すれば、長崎県西彼杵郡西海村木場郷字上五三郎一、七八九番地溜池二反五畝一一歩はその敷地及び施設とも西彼杵郡西海村の所有に属するものであつて、右溜池(通称上五三郎池)より東方約六〇米の用水路を隔てて債務者両名所有の同所一、七八四の一番地山林一畝二五歩(別紙物件目録第一記載の山林)内に湧水地が存在するが、右湧水地の湧水は同地内に存する用水路を経て同所一、七八七番地、一、七八八番地と同所一、七八六番地との間の用水路(西海村有の前記一、七八九番地溜池の一部を構成する)に流入し、右流水は債務者両名所有の同所一、七八七番地、一、七八八番地、一、七七九番地、一、七六七番地の二、一、七八七番地の一の一〇枚の水田の灌漑用水に使用され、その需要の限度を越える余剰水がそのまま右用水路を流下して西海村有の前記溜池(通称上五三郎池)に流入貯水されるのであつて、右溜池の貯水は債務者両名所有の前記一、七八四の一番地内の本件湧水地の余剰水を主要な水源とし、本件湧水地附近に存在する数ケ所の湧水地の湧水にして附近水田の灌漑の用を了えたる余水及び地下水、雨水等が貯溜したものであるところ、債権者等はそれぞれ右溜池の下流に位する別紙物件目録第二記載の水田を所有して農耕に従事しているが、債権者等において、右水田の灌漑用水を必要とするときは、その必要量に応じて西海村有の前記溜池(通称上五三郎池)の貯水をその下流にある同村有の用水路に流下放流せしめ、右流水をそれぞれ債権者等所有の右水田に灌漑用水として引水使用しているのであつて、その余水はさらに下流に位する江里部落、石田部落、面高部落等約四〇町歩ないし五〇町歩の水田の灌漑用水に利用されたる後海岸線に至るものであるが、債務者両名の所有地内に存する湧水地及び用水路、西海村有の前記溜池(通称上五三郎池)及びその上流下流の用水路はいずれも古く旧幕時代から開設されたものであつて、債務者両名所有の前記一、七八七番地、一、七八八番地、一、七七九番地、一、七六七番地の二、一、七八七番地の一の一〇枚の水田所有者は当時より本件湧水地の湧水を右西海村有の溜池に至る用水路より右水田の灌漑用水として慣行的に引水使用し、また、債権者等所有の別紙物件目録第二記載の水田所有者は当時より右溜池の貯水を右水田の灌漑用水として慣行的に引水使用し、それぞれ慣習法上一種の権利として承認されたものであることが疏明されたものとすることができる。債務者両名は、本件湧水地は長崎県西彼杵郡西海村木場郷字上五三郎一、七八四番地の一に存在せず同所一、七八七番地の債務者両名所有地に存在し、かつ、右湧水地と本件溜池(上五三郎池)との間の約六〇米の用水路の敷地は債務者両名の所有に属する旨主張するけれども、乙第一四、一五号証、乙第一七号証、乙第二一ないし第二三号証ならびに証人川原虎二の証言及び債務者辻山栄次の供述中には債務者両名の右主張に符合するところがないではないが、前記各証拠ことに前記甲第一六号証、乙第四三号証(いずれも西海村役場備付の字図の写)及び前記甲第一四号証(検証調書)に照らして直ちに採用しがたく、他に前記認定を左右するにたりる疏明資料はない。

(二)  ところで債権者等は、要役地をそれぞれ別紙物件目録第二記載の水田とし、承役地を債務者両名の所有地内に存する本件湧水地及び用水路として、灌漑用水の引水を目的とする用水地役権を有するものとし、右用水地役権は昔時両地の所有者間において設定された旨主張するのであるが、本件に顕われた全資料及び債権者等が提出援用した全疏明資料によつても昔時両地の所有者間に債権者等主張のような用水地役権が設定されたものとは到底肯認しえないところである。また、債権者等は、民法第二八三条に基き右のような用水地役権を時効取得したと主張するけれども、民法第二八三条にいう「継続」の要件をみたし用水地役権を時効取得するためには、要役地所有者が単に長期にわたり承役地内の流水を使用していたというのみではたりないのであつて、要役地所有者が自己のためにする意思をもつて自ら用水路その他引水のための施設を開設するか、すくなくとも当該用水路等の施設を維持管理し、かつ、引続き引水使用するを要するものと解するを相当とするところ、本件全疏明資料によつても、要役地たる別紙物件目録第二記載の水田所有者がその灌漑用水のため債務者両名の所有地内に存する本件湧水地及び用水路を開設し、または、これを維持管理したことを疏明しうる十分な資料がない。もつとも甲第五号証(債権者井手勝美が作成した報告書)には、債権者等がそれぞれ所有する別紙物件目録第二記載の水田所有者が本件湧水地及びその用水路を開設し、継続的にこれを維持管理した旨の記載がなされているけれども、本件湧水地及びその用水路の流水の使用関係、すなわち、本件湧水地及びその用水路の流水は債務者両名所有の長崎県西彼杵郡西海村木場郷字上五三郎一、七八七番地、一、七八八番地、一、七七九番地、一、七六七番地の二、一、七八七番地の一の水田に灌漑用水として使用され、その余剰水が他の余水、地下水、雨水等とともに西海村有の溜池(通称上五三郎池)に貯溜し、その貯水を別紙物件目録第二記載の水田に灌漑用水として引水使用されている状況に照らして考えるときは到底別紙物件目録第二記載の水田所有者が本件湧水地及びその用水路を開設したものとは認めがたいところであるのみならず、債権者井手勝美(第一、第二回)、同村川留作(第二回)の各供述によつても、債権者等はまれに本件湧水地より西海村有の溜池(上五三郎池)に至る用水路の草刈りをしたというにすぎないのであつて、これをもつて本件用水路を維持管理したとは到底認めがたく、しかも右各供述すらも証人佐嘉田甚左衛門、同野崎正俊の各証言に照らしてにわかに信を措きがたいところであるから、前記甲第五号証、債権者井手勝美(第一、第二回)、同村川留作(第二回)の各供述等によつては、別紙物件目録第二記載の水田所有者が本件湧水地及び用水路を開設し、もしくはこれを維持管理したことについて、到底十分な疏明がなされたものとすることはできない。従つて、債権者等が民法第二八三条に基き債権者等主張のような用水地役権を時効取得したとすることもできない。

(三)  次に債権者等は債務者両名の所有地内に存する本件湧水地及び用水路の流水について慣習法上認められた流水使用権を有する旨主張するので検討する。既に認定したところによると、長崎県西彼杵郡西海村がその敷地及び施設を所有する同村木場郷字上五三郎一、七八九番地の溜池(通称上五三郎池)及びその上流、下流の用水路は古く旧幕時代から開設されたものであつて、債権者等がそれぞれ所有する別紙物件目録第二記載の水田は右溜池の下流に位し、右水田所有者は当時より右溜池の貯水を右水田の灌漑用水として慣行的に引水使用し、慣習法上一種の権利として承認されたことが疏明されたものとすることができるから、債権者等は西彼杵郡西海村に対し同村所有の右溜池(上五三郎池)の貯水について慣習法上認められた灌漑用水のためのいわゆる流水使用権を有することが一応認められるところであるが、前記溜池(通称上五三郎池)、本件湧水地より右溜池に至る用水路の一部(長崎県西彼杵郡西海村木場郷字上五三郎一、七八七番地、一、七八八番地と同所一、七八六番地との間の用水路)及び右溜池より下流に位する用水路がいずれもその敷地、施設とも西彼杵郡西海村の所有に属するのみならず、別紙物件目録第二記載の水田所有者において債務者両名の所有地内に存する本件湧水地及び用水路を開設し、もしくはこれを維持管理したことについて、首肯しうる十分な疏明資料の存しない以上は、別紙物件目録第二記載の水田所有者である債権者等が直接債務者両名に対し債務者両名の所有地内に存する本件湧水地及び用水路の流水についていわゆる流水使用権を有するものとは当然にはいいえまいと考える。しかしながら、債権者等が西彼杵郡西海村に対し同村所有の前記溜池(上五三郎池)の貯水について灌漑用水のためのいわゆる流水使用権を有するにすぎないとしても、債務者両名の所有地内に存する本件湧水地及び用水路の流水は、債務者両名所有の長崎県西彼杵郡西海村木場郷字上五三郎一、七八七番地、一、七八八番地、一、七七九番地、一、七六七番地の二、一、七八七番地の一の一〇枚の水田の灌漑用水に使用され、その需要の限度を越える余剰水が主要な水源として他の余水、地下水、雨水等とともに西海村有の前記溜池(上五三郎池)に貯溜されるのであるから、債権者等は債務者両名に対し、債務者両名の所有地内に存する本件湧水地及び用水路の流水について、その余剰水がある限度においては一種の請求権を有し、また債務者両名はその余剰水を分与すべき義務を負担するというべく、特別の慣習または債権者等と債務者両名との間に特別の契約の存在しないかぎり、債務者両名は本件湧水地及び用水路の流水について絶対的な優越権を有せず、したがつて、債務者両名が本件湧水地及び用水路の流水を必要以外の用途に処分し、または第三者をして他の用途に新たに使用せしめるときは、債権者等は債務者両名に対し債権的賠償請求権を有するのみならず第三者に対しても物権的妨害排除請求権を持つといわなければならない。

二、次に債権者等における保全の必要性の存否について判断する。

(一)  成立に争のない甲第一四号証、乙第一号証、乙第三七、三八号証、原本の存在ならびに成立について争のない乙第四五号証、証人永村竜一の証言により真正に成立したと認める乙第三号証、乙第四号証の二、乙第五号証、乙第二一号証、証人川原虎二の証言により真正に成立したと認める乙第一九号証、乙第四一号証、乙第四二号証の一、二、現場の写真であることについて当事者間に争のない乙第九号証、乙第一六号証、乙第三一号証、乙第三六号証、乙第四四号証、証人川原虎二、同川岡研、同永村竜一の各証言及び債権者井手勝美(第一、第二回)、同村川留作(第二回)、債務者辻山栄次の各供述(但し債権者井手勝美、同村川留作の各供述中後記措信しない部分を除く)によれば、長崎県西彼杵郡西海村丹納部落に居住する債務者辻山栄次を含む五四名のものは、昭和三七年一月四日、組合員各員の家庭に飲料水を供給することを共同の事業目的として永村竜一を組合長とし丹納簡易水道組合なる民法上の組合を組織し、債務者両名よりその所有地内に存する本件湧水地の湧水を右水道事業のため引水使用することの承諾をえたので、同月一〇日頃より水道施設工事に着手したのであるが、右水道施設工事は本件湧水地より一、四米位離れた債務者両名の所有地内に四尺四方高さ五尺のコンクリート造の貯水槽を設置し、本件湧水地の湧水はブロツク造の水路を経て一たん右貯水槽に流入貯水された上ビニール管により組合員各戸に給水され、余剰水あれば右貯水槽から本件湧水地より西海村有の前記溜池(通称上五三郎池)に至る用水路に還元流入するものであつて、右水道施設工事は同年三月一日竣工をみたので、同月二日前記丹納簡易水道組合は組合各戸に飲料水の給水を開始したところ、右水道組合所有の右貯水槽に流入貯水された本件湧水地の湧水にして本件湧水地より西海村有の溜池に至る用水路に還元流入する流水がほとんど西海村有の右溜池に流入しないところから、債権者等は債務者両名を相手として同年三月一六日長崎地方裁判所に対し、債務者両名において前記水道施設工事を進めつつあるとして、本件湧水地の処分禁止のほか本件用水路流水の妨害禁止、貯水槽の撤去等の仮処分の申請をなし(長崎地方裁判所昭和三七年(ヨ)第四〇号)、同裁判所が同月二八日債権者等の右仮処分の申請のうち本件湧水地の処分禁止のみを容れ他はすべて却下するや、債権者等はふたたび債務者両名を相手として、同年五月二日当裁判所に対し、債務者両名が本件湧水地の「流水を使用せしめない旨申し、近く湧水並流水を阻止する手段に出ることが懸念される」として、本件仮処分の申請をなし(長崎簡易裁判所昭和三七年(ト)第三五号)、当裁判所は同月四日本件仮処分決定をなしたのであるが、債権者等九名は、本件仮処分によつては本件湧水地の湧水が用水路を経て西海村有の溜池(通称上五三郎池)に流入しないところから、同日、本件仮処分決定の執行に際して執行吏が執行処分のため現場に臨場する間際に、債務者両名及び丹納簡易水道組合の許諾をうけることなく、債務者両名の所有地内に立入り、本件湧水地より西海村有の前記溜池(上五三郎池)に至る約六〇米の用水路のうち本件湧水地から約二〇米にわたる用水路を深さ約二五糎ないし三〇糎、幅約三〇糎ないし四〇糎堀り下げ、本件湧水地の湧水の水位及び本件湧水地より約二〇米にわたる用水路の流水の水位を低下せしめる工事をなし、その結果本件湧水地の湧水は前記丹納簡易水道組合所有の貯水槽に流入しなくなり、その湧水の全部が直接堀り下げた用水路に流入したため、同月六日右水道組合の水道飲料水は突如断水し、のみならず、本件湧水地の湧水を用水路より灌漑用水として引水使用していた債務者両名所有の前記一、七八七番地、一、七八八番地、一、七七九番地、一、七六七番地の二、一、七八七番地の一の一〇枚の水田にも用水路に特別の加工をするのでないかぎり用水路の流水が流入しなくなつたことが疏明され、債権者井手勝美(第一、第二回)、同村川留作(第二回)の供述中右認定に反する部分は前記各疏明資料に照らして措信できず、ことに債権者井手勝美(第一、第二回)、同村川留作(第二回)、同山脇正博の各供述中前記認定の用水路の堀下げ工事は債権者等が昭和三七年五月一日行つた旨の供述部分は前記乙第四五号証(長崎地方裁判所昭和三七年(モ)第六六一号事件における債権者井手勝美の本人尋問調書)と丹納簡易水道組合の水道が同年五月六日断水した前記認定の事実に照らしてたやすく措信できないところであつて、他に前記認定を覆すにたりる疏明資料はない。

(二)  ところで債権者等は、前記認定の用水路の堀り下げ工事により債務者両名の所有地内に存する本件湧水地の溜水が用水路を経て西海村有の前記溜池(通称上五三郎池)に流入するようになつたが、債務者両名はその湧水地の湧水及び用水路の流水を阻止する手段に出る虞れがあるから、債権者等は仮の地位を定めるため本件仮処分の申請に及んだというのであるが、既に認定したところによつて明らかなとおり、債務者両名の所有地内に存する本件湧水地及び用水路、西海村有の前記溜池(通称上五三郎池)及びその上流下流の用水路はいずれも古く旧幕時代から開設されたものであつて、債務者両名所有の前記一、七八七番地、一、七八八番地、一、七七九番地、一、七六七番地の二、一、七八七番地の一の一〇枚の水田所有者は本件湧水地の湧水を右水田の灌漑用水として本件湧水地より西海村有の右溜池に至る用水路より慣行的に引水使用し、その需要の限度を越える余剰水が右用水路を経て右溜池に流入されるのであり、右水田所有者の右のような引水使用は慣習法上一種の権利として承認されたものであることが疏明されたとすることができるから、債務者両名は灌漑用水のためその所有地内に存する本件湧水地及び用水路の流水について下流利用者に優越する流水使用権、すなわち、優先的専用権を有するものと解せられるところ、債権者等は西彼杵郡西海村に対し同村所有の前記溜池(上五三郎池)の貯水についていわゆる流水使用権を有するものではあるが、債務者両名に対しては、本件湧水地及び用水路の流水について、その余剰水がある限度においては、その余剰水の使用を請求しうる一種の請求権を有するにすぎないのであつて、債権者等がなした前記認定の用水路の堀り下げ工事によつて、用水路に特別の加工をするのでないかぎり債務者両名所有の前記各水田に用水路の流水が流入されなくなつたのであるから、債権者等がなした右堀り下げ工事は、債権者等が債務者両名に対して有する権利の範囲を逸脱し、債務者両名の本件湧水地及び用水路の流水について有する優先的専用権を侵害するものといわなくてはならない。もつとも、既に認定したところによると、債務者両名はその所有地内に存する本件湧水地及び用水路の流水について優先的専用権を有するものではあるが、右権利は絶対的な優越権ではなく、従つて債務者両名は本件湧水地の湧水を必要以外の用途に処分し、または第三者をして他の用途に新たに使用せしめることは許されないものと解されるところ、債務者両名は本件湧水地の湧水を丹納簡易水道組合が飲料水供給のため水道に使用することを許し、右水道組合は水道施設を設けて本件湧水地の湧水を組合員各家庭に飲料水として供給するため引水使用しているのであるから、債権者等は債務者両名に対し損害の発生について債権的賠償請求権を有するのはもとより、丹納簡易水道組合に対しては物権的妨害排除請求権に基き水道施設の撤去を求めうるものとしなければならないが、債権者等は保全訴訟手続によることなく前記認定の用水路の堀り下げ工事を敢てし、もとより右堀り下げ工事は債務者両名及び丹納簡易水道組合の許諾をうけることなくしてなした行為であつて、自力救済を原則として禁止したわが国法制のもとにおいて到底是認すべくもないことは明らかである。債権者等は、前記認定の用水路の堀り下げ工事は例年にならい行つた用水路の清掃、補修工事であつて、債権者等の有する権利確保の手段であると主張するが、証人野崎正俊の証言、債権者井手勝美(第一、第二回)、同村川留作(第二回)、同山脇正博の各供述によつても、債権者等はまれに用水路の草刈りをする程度であり、用水路の清掃、補修としても前記認定のような用水路の堀り下げ工事がかつて行われていなかつたことが十分に窺われるところであつて、右のような用水路の堀り下げ工事が単なる用水路の清掃、補修の限度を越えるものであることは既に認定したところに徴して極めて明らかである。

(三)  そうすると、債権者等がなした前記認定の用水路の堀り下げ工事は、債権者等が債務者に対して有する権利の範囲を逸脱し、債務者両名がその所有地内に存する本件湧水地及び用水路の流水について有する優先的専用権を侵害するものであり、自力救済としても到底是認しえないものであつて、本件仮処分の申請は、かかる用水路の堀り下げ工事により惹起した本件湧水地より西海村有の溜池(通称上五三郎池)に至る用水路における流水の現状を維持しようとすることを本旨とするものであるから、自力救済の禁止を主要な目的とした仮処分制度の趣旨にも反し、債権者等が債務者両名に対して有する権利の範囲を超過して満足を求めることに帰着するから、保全の必要性は到底認めえないものといわなければならない。債権者等は債務者両名が昭和三七年一一月二五日もしくはそれ以前において本件仮処分決定に違反してビニール管を設置して本件湧水地の湧水を水道用水槽タンクに導入する工作をしたから保全の必要性があると主張するが、成立に争のない甲一七号証と債権者井手勝美(第二回)の供述によれば、丹納簡易水道組合に関係する何人かが債権者主張の日頃ビニール管を設置して本件湧水地の湧水を右水道組合所有の貯水槽に導入する工作をしたことが窺われるけれども、右工作を債務者両名がなしたことを認めうる疎明資料はなく、右のような工作が水道組合の何人かによつてなされたからといつて、本件仮処分の申請について保全の必要性が生ずるものでないことはいうまでもない。

三、以上の理由により本件仮処分の申請は保全の必要性を欠くものとなるので、爾余の判断をなすまでもなく理由なきこと明らかであるから、主文第一項掲記の本件仮処分決定を取消し、債権者等の本件仮処分の申請を却下し、民事訴訟法第八九条の規定を適用して訴訟費用を債権者等の負担とし、同法第七五六条ノ二の規定に従い右決定取消の部分について仮執行の宣言をなし、主文のとおり判決する。

(裁判官 阪井いく朗)

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